海外留学プログラム

SATORU MITOMO
経歴

生年月日 1980年5月17日 埼玉県出身

  • 1999年

    熊谷高校 卒業

  • 2007年

    弘前大学医学部 卒業

  • 2009年

    埼玉協同病院 初期臨床研修終了

  • 2009年

    新東京病院 入職

より現実的な内科医に

初期研修が終わった後、循環器はまだほとんど経験したことがない状態で新東京病院に入職しました。その後、「新東京教育プログラム」で言うと最初の2年にあたりますが、ひたすら臨床をしていました。

当時は人間関係も今とは何もかもが違うので大変でした。私は1番下だったんですけど、例えば12コマある救急外来の当番の半分は自分がやっていました。もちろんカテーテルなんて触らせてもらえなかったですし、100年早い世界でした。
現在では治療も任せているので、カテーテルや心臓のこと全般の治療学をアグレッシブに勉強できます。

研究と臨床を
並行して検証していく

昔だと臨床をしたかったら一般病院で、研究をしたかったら大学病院でしたけど、今はそんなことはないです。民間病院だったら、研究はできないのかと言ったら確実にそうではない。むしろ、大学病院ではそこまでアグレッシブには行けないです。どちらもやりたいと言えば叶う環境ですし、そういう意味では民間病院の方が融通が効くと思います。
最初の2年は臨床だからといって研究をしないわけでは無いですし、研究のことを考えないと臨床も成熟しないです。常に平行して走っています。
研究を一生懸命やり始めたのは、入職してから後半の4年位です。それまでは治療がメインで、外から見ても新東京病院はアグレッシブに治療をしている病院だと言われていました。でもそれだけでは未熟で、学術的にも検証して裏付けて行かないと足りないんだと感じました。もっと世の中に示していかないといけないなと。

一流の技術を学びにイタリアへ

イタリアに留学に行ったのは7年目の時に2年間行きました。どこでも2年というのは決まっています。私たちはみんな、向こうのボスが持っているアパートの1部屋を代々同じ部屋で使ってました。身の回りのものは大体揃っています。向こうも日本人が来たときにどういうところに困るのか、というのもわかっているのでその部分は苦労しませんでした。

ただ、当たり前のことですが文化の違いという部分での苦労はありました。例えば家にインターネットを引かないといけない、となったときに向こうも片言の英語が話せますが、まず全部イタリア語ですし、工事の日になっても待てど暮らせど来ないんです。電話をしたとしても向こうはイタリア語で出られるから、こちらも何も伝えられないから待つしかない。結局来ないから翌日行ってみると、忘れてた、と言われました。インターネットを引くだけで1ヵ月ぐらいかかりました。そういうところがイタリアだな、と。

検証と解析の結果が
今の医療水準に

言語については職場だと英語なのでそこまで困らなかったです。海外から日本に留学生が来たときにおはよう、といわれたら親近感が湧くのと同じで、挨拶程度はイタリア語を話せたほうが向こうも親しみを持ってくれます。20単語ぐらいは話せるようにしました。2年間それでまかなえたのでそこまで構えなくても大丈夫です。
私たちが行ったところは世界的に有名なインターベンションの巨匠がいらっしゃって、より臨床に近いことをたくさん経験しました。臨床はできないので、リサーチフェローとして学術のみを勉強しに行きます。海外で臨床をするにはライセンスの問題もありますし、基本的に患者さんには触れません。
ただ基礎がないと海外に行っても使い物にならないので、臨床と研究は日本で基礎を学びました。イタリアでは20本ほどの論文を書きました。

日本に帰ってきてからは検証データを作って解析をして、評価のための論文を書きます。それを学術学会の場で発表して評価をしてもらう、という一連の流れが今の新東京病院の水準にはなっていると思います。
アメリカへの留学組とは目的別に分かれていて、OCTという機械で血管の中を見ることを専門にしているラボがアメリカにはありますので、専門分野で留学先の差別化をしています。

質を上げるサイクルが新東京病院にはある

症例数で病院を選ぶというのももちろん良いと思いますが、正しいことをやっているのかどうかは検証をしないとわからないです。症例をたくさんこなしている病院は、忙しいのもありますが、やりっぱなしになってしまうことが多いです。ただ何かを発表しようなった場合に、数がないとものが言えないので、数は確かに大事なファクターではありますが、しっかり検証しているかどうかが大事です。

数をやるというのと検証をする、というのは同じ方向を向いていますが、常に並行して意識していくのはなかなか難しいです。
症例をこなしたいと考えているとどうしても手先だけの話になってしまいがちですが、一つ一つ違う心臓に触っているわけですので、命を扱うというのはこわいことだな、という初心は忘れずにいたいです。