Senior Doctor Message

上級医からのメッセージ
心臓内科
栗田 直幸
『チャンスを掴みたいという気持ち』
経歴
生年月日 1970年4月29日 愛媛県出身
1989年
愛光高校 卒業
1998年
東京大学医学部 卒業
1999年
東京都済生会中央病院 初期臨床研修終了
2000年
倉敷中央病院
2004年
新東京病院 入職

あえて厳しい環境を求めて自分を高めたかった

東京大学を出て、私立の大学の附属病院で研修を始めました。開業医を育てるような病院で、礼儀正しくて上下の関係が厳しいので国公立とは少し違うのかなと思いました。そういった変わった環境の中に自分を置きたかったのが1つです。すごく忙しいところで高みを目指して頑張りたいと考えました。

専門は研修の時に既に決めていました。心臓のカテーテルで日本で1番上手いと言われている主任部長が倉敷にいらっしゃって、その人のもとで勉強したいと思い後期研修先を決断しました。その病院は岡山県の倉敷市を中心に広域から患者さんが集まってくるようなところで、救急車で患者さんを迎えに行くシステムもあります。心不全や心筋梗塞の患者さんが出たら岡山の山の方まで患者さんを迎えに行き、そこで色々な症例を経験出来て非常に良かったと思います。自分の人間性でいうと、割と面白がれて楽しいかなっていう、逆境が好きなタイプです。

チャンスを掴みたいという気持ちに動かされた

当時の倉敷中央病院は序列が厳しく、心臓のカテーテルの治療を勉強したかったのですが自分の上に自分よりも技術が優れた方が何人も控えていたので、このままだと順番が回ってこないと思い、チャンスをもらおうと思って転職活動をしました。当時はプロフィールを匿名で出してオファーをもらえるような仕組みがありましたので、たまたまではありますが当院の中村院長からお声をかけてもらって、見学にいきました。何も繋がりはなかったですが、中村院長はライブデモンストレーションにも出られていましたし、お名前は知ってました。

自信があるだけではダメ。自分の限界を知ることも大切

新東京病院は現在17年目ですが、心臓カテーテルをやらせていただく機会を与えてもらって、患者さんの数も多いですし医師としては辞める理由は何もありません。倉敷にいたときのフラストレーションは新東京病院に来て解消されました。一年目でも患者さんをしっかり任されますが、ただ中村院長はちゃんと見ていて、どんどん自分の判断だけで進めていってしまう危ない人なのか、自分の技量を見極めてある程度自分でセーブをする人かどうか、というところを見極めているのではと思います。私は絶対に間違いなく自分が出来る、という範囲は自分でやっていたのですが、難しそうな技術が必要な治療などは先輩医師に頼んでいました。そういった部分をしっかり見ていらっしゃると思います。



狭い視野では見えるものも限られてしまう

東京大学という「大きな傘」から出ようと思った理由としては、やはり患者さんの数が多いのでいろいろな症例を経験出来ることです。その経験をカテーテルの治療や検査に活かせますし、やりたいなと思ったことはなんでも出来る環境なので、一歩を踏み出して、自分の可能性を高めたいと思いました。

院長がおっしゃるように、例え険しい道でも踏み出してみると素晴らしい出会いや、培ってきた努力が実る日が絶対に来ると思っています。知識も技術ももっともっと身に付けるために、医師としてがむしゃらに頑張りたいです。

無茶をしすぎないこと、自分をセーブすることも必要

学術と手技をしっかり勉強したいという方にはぜひ来て欲しいなと思います。組織としても、院長が培ってきた世界にどんどん発表していくようなマインドを持った先生方にぜひ来て欲しいです。

そうはいっても、見栄を張って強くいようとしすぎないことも大切です。体調管理も仕事の一つではないですが、私の経験としまして、過去にしばらく手術の際に放射線用のメガネをしていなかった時期がありました。そうしたら白内障になってしまい2年前に手術をしました。人間なので、やはり無茶はできないなと思います。頑張り過ぎても体を壊してしまったら意味がないですので、どこかで上手に休んでもらえればいいかなと思います。ほどほどに自分の体を気遣いながらしっかり学んでいきましょう。